2014年4月25日 (金)

ミーニュ大学近くで壁崩壊、学生3名死亡

 勤務校できわめて痛ましい事件が起こった。423日夜740分、大学近くの「壁」が崩壊し、ミーニョ大学情報工学科の学生3人が下敷きとなり亡くなったのだ(日本のニュースサイトにも記事が載った)。

 第一報を聞いた時、そんなに唐突に壁が崩壊するものかと思ったが、詳細を聞くと上記ニュースの印象は変わってくる。

 まず、報道においては「壁(muro)」が崩壊したとされていることが多いが、厳密には壁ではなく、集合住宅の郵便受けをまとめた、煉瓦・コンクリート製の小さな建造物とでもいうべきものである。また、これは大学構内ではなく、大学の近所、学生が多く住む住宅地にあった。


1

↑崩壊する前の集合郵便受け。既に使われておらず放置状態であった。ポルトガルでは、このような集合郵便受けとでもいうべきものが、マンションや住宅密集地の戸外にしばしば設置されている。

 この不幸な事件は、ポルトガルの大学において広く行われている通過儀礼的な新入生しごき、プラシュ(Praxe) の最中に起こったものである(プラシュに関しては2012年に記事を書いたので、詳しくはこちらを参照していただきたい)。

 上記事にもあるように、プラシュはコース単位で行われ、しごき役の上級生が自コースの下級生に色々なことをやらせるのが基本だが、この日は情報工学科と医学部医学科が「コース間戦争(詳細は不明だが、話を聞くところによると、一般的に大声合戦のようなものだとか)」と呼ばれるイベントを行い、情報学科が勝ちを収めた。勝利を祝うため、上級生が新入生3人をこの「壁」の上に登らせたことにより(ダンスをさせたという話もある)「壁」が崩壊、下にいた学生3人が下敷きになって死亡したほか、複数の負傷者が発生した。他のニュースには学生を登らせたのは丘の上に陣取った医学部チームに相対するためだったというものもあり、どちらが本当なのかはわからないが、いずれにせよ上級生が新入生を「壁」の上に登らせたため崩壊したというのは共通している(とはいえ警察は早々に事件性を否定、誰かが刑事告訴される見込みは薄くなっている)。


Photo
↑生々しい現場の様子。

 もともとこの建造物は老朽化しており、近隣住民から苦情も出ていたが、仮にそこまでひどい状態でなくても、大人が何人も上に登れば(ましてや踊れば)どうなるかくらいわかりそうなものだ。もともと郵便受けとして作られた建造物であり、決して人が上に登ることを想定したものではない。

 プラシュ賛成派の人(学生たちの多数派)は、この種の事件が起こった時に、プラシュと事件が結び付けられることをヒステリックなまでに嫌うが、この事件は紛れもなくプラシュ中に起こったものである。いや、単にプラシュ中に起こったというだけではない。上級生の指示で上ったというのが正しければ、まぎれもなくプラシュにより引き起こされた悲劇であると言える。同じくプラシュ中に起こったとされるルゾフォナ大学のメク海岸の悲劇(昨年末、プラシュ活動中に6人の学生が波にさらわれて死亡)の時と同様、プラシュそのものに関して広く議論がなされるだろう。


3
↑翌日現場そばに行ってみると、各学科のシャツが追悼のため捧げられていた。
このようなことで命を失った学生、さらには親御さんのことを思うと実に胸が痛む。

 事件を受けて、5月の学祭は中止、ミーニュ大学では現在あらゆるプラシュが停止されているが、こんな有害無益な伝統にはそのまま終止符を打ってほしいものだ。

 

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

↑ランキングに参加しています。バナークリックをお願いします。

ミーニョ大学、ブラガ、プラシェ、プラシ

2013年10月 1日 (火)

ポルトガル統一地方選終了

統一地方選が終了、正式な集計も終わり結果が出た。都市首長・市議会・区議会それぞれの選挙が同日に行われた。

いずれにおいても、クエリュ首相の所属政党社会民主党(中道右派)は大きな打撃を受けた。これまで保持してきた首長の座を多くの都市で失い、社会党(中道左派)に様々な地域で地方議会第1党の座を明け渡した。アルベルトゥ・ジュアン・ジャルディン首班のマデイラ自治区は鉄板の社民王国だったが、11のうち7つの都市で首長の座を奪われたのは象徴的だった。

連立与党の一角、国民党(右派)は逆に勢力を伸ばした。国民党は夏の政局で、外相(当時)のポルタシュ氏が緊縮財政に反旗を翻し首相に辞表を突きつけていた。

共産党は牙城アレンテージュでエヴォラとベージャの二大都市を奪還するなど躍進。左翼ブロックは逆に唯一保持していたサルヴァテラ・ドゥ・マグシュ市長の座を社会党に明け渡した。

社会党はリスボン市長選の圧勝をはじめ、各地で勝利をおさめたが、圧倒的と言えるほどではなかった。例えば、メシュキタ・マシャドゥ(革命後、1976年からずーーっと市長をやってる多選の権化みたいな人。ただ社民党のようにお国替えでほかの都市を狙ったりはしなかった)が圧倒的に強かったブラガのような、社会党優位の都市を取りこぼす例が目立った。

代わりに目立ったのは無所属・独立系候補の躍進だった。メディアでは既成政党への不信が現れたと分析されている(白票も多かったようだ)。特に無所属候補ルイ・モレイラ*が、前ガイア市長で社民党有力候補・ルイシュ・フィリプ・メネゼシュを破ったポルト市長選は多くの人を驚かせた。9月初めの段階ではメネゼシュ有利、わたしも十中八九彼の勝利を確信していたが、下旬になると支持率が拮抗するようになり、投票日数日前には多くの調査で逆転、メネゼシュは「○○新聞では私のほうが上だ」などと強がらざるを得ない状態になっていた。同じく多選禁止規定をすり抜けシントラからリスボンに国替え立候補したフェルナンドゥ・スィアラは敗色濃厚だったが、メネゼシュまでも敗れたのは、社民党が心底毛嫌いされたのか、多選禁止を裏技的な方法ですり抜けるやり方が好まれなかった結果か。

首相はこの結果を予測していたのだろう、あらかじめ、この選挙の結果は国政に何の影響も与えないし、自分の進退も考えていないと明言していた。

*無所属躍進の象徴のように扱われるモレイラだが、国民党の推薦は受けているし、前市長・社民党のルイ・リウが造反的に彼を支持していたので、「完全無所属」とは言い難いところもあるのは確かだ。

 

さて、私は選挙権はないが、妻の投票に娘と一緒について行った。うちはポルトの下町、昔から住んでいる老人たち以外はあまり住む人もない地域だ(が、ポルト市が再開発を行っている。今回新市長になったルイ・モレイラはその開発公団の社長だった人物だ)。どんなところが投票所か…。

長距離バスターミナルがあるバターリャ地区。

Dsc_8192

グラフィティに彩られた怪しげなトンネルを抜けると…。

Dsc_8196

地元バスケットクラブの体育館。朝早かったせいかもしれないが、我々以外は年配者ばかりだった。


Dsc_8197

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

↑ランキングに参加しています。バナークリックをお願いします。

2013年9月 7日 (土)

最終決着・多選首長立候補問題 憲法裁判決

ポルトガルでは、今月29日に統一地方選が予定されている。選挙戦も始まり、自治体首長候補者たちの巨大な看板が街のあちこちで目に付くようになった。
このブログでは、春先に、多選禁止法における定冠詞の有無で法解釈が全く変わってしまい、有力首長たちの立候補の可否がそれに左右されるというニュース(
aeで大騒ぎ多選禁止? aeで大騒ぎ続報速報 多選首長立候補問題 第一の判決)について書いた。
争点は3選を超える多選を禁じる法律が、ほかの自治体での立候補をも妨げるものかどうか、という点であった。
その後、各地の下級審レベルで多くの相反する判決(「立候補できる」「いやできない」)が相次ぎ、最終的な判断は憲法裁判所にゆだねられていたが、その判決が先日ようやく出た。最終結論は、3選を超える多選が禁止されるのは同一自治体首長への立候補に関してであり、ほかの市町村で立候補することは妨げられないというものだった。(判決は穏当だと思うが、こんな重大なことが選挙直前まで決まらないというのはいかにもポルトガルらしい。)
この判決で利を得るのはこの種の大物候補(ガイア市長→ポルト市長を目指すルイシュ・フィリプ・メネゼシュ、シントラ市長→リスボン市長を目指すフェルナンド・スィアラなど)を擁する与党社会民主党(PSD)だが、アレンテージュ地方の牙城を長年にわたり堅持する共産党にも同じような立場の多選首長がいる。

この結果、わがポルト市の次期市長はよほどのことがない限り、前ガイア市市長でPSDの大物、ルイシュ・フィリプ・メネゼシュになる。わたしは現与党のPSDは嫌いだが、メネゼシュ氏には期待する点がないでもない。近年のガイア市の急速な発展は、彼の任期において行われた改革、特に官僚主義との戦いに負うところが少なくない。
ドウロ川一本を隔てたガイア市ではあっという間に進むプロジェクトが、ポルトでは多くの役所手続きに時間をとられ遅々として進まないというのはよくある話らしい。わたしも、とある件でポルト市役所をたらいまわしにされイライラした経験がある。
ポルトガルの、いやポルト市のまさにカフカ的な官僚主義を垣間見た人なら、それを根絶してくれるというなら悪魔にでもすがりたくなるだろう。

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

↑ランキングに参加しています。バナークリックをお願いします。

2013年7月23日 (火)

海外生活者、一時帰国時の免許更新・再交付

かつてポルトガルの普通運転免許には、65歳まで更新がなかった。免許の写真がやたらと若い高齢者などもよくみられた。それから50歳以降の更新になった。最近さらに法改正され、201312日以降に免許を取った人は30歳から更新しなければならなくなった。とはいえ、それも(60歳になるまで)10年に一度だ。免許取得直後から3年から5年に一度という、日本免許更新の高頻度とは比べ物にならない。

そんなわけで、毎回ではないが、一時帰国中にやっておきたいことの一つに免許の再交付手続きがある。これは必ず本人が警察関連施設(免許センターか警察署)に出向かねばならないので、海外からは遠隔手続することは出来ない。定期的に警察に出向かざるを得なくすることにより、手配犯の逮捕に役立てているのだという都市伝説じみた話を聞いたことがある。真偽のほどは定かではないが、のこのこ免許更新にやってきた犯人がその場で逮捕されたというニュースは確かにあるので、まんざら根拠のないうわさというわけではないのかもしれない。

さて、タイトルに免許「更新」の語があるが、2003年にポルトガルで取得した免許を日本の免許に切り替えて以来、実は一度も日本の免許を「更新」したことはない。更新するなら、誕生日前後一か月以内にしなければならないが、仕事の関係上その時期に日本に滞在することは極めて困難なので、結局いつも「失効」してしまうのだ。

免許が失効しても、海外在住などの理由で、やむを得ず失効させてしまった人には、無試験で免許を再取得できる期間が長く設定されている(文字通り「やむを得ず失効」という)。これは一種の救済措置であるが、失効後3年過ぎてしまうとそうした措置も受けられなくなり、一から取り直しということになってしまう(外国の免許を所持していれば、どの国のものかにもよるが、比較的簡単な手続き(外免切替)で日本の免許を取得できる。ポルトガルを含む23カ国1地域*の免許は無試験、視力検査のみで切り替えられる。ただし免許取得後3カ月以上の連続滞在歴が必要)。

この救済措置により、取り直しという事態は避けられているが、免許歴は常に途切れ、いつもゼロからのスタートになる。そのためいつも退屈で長い初回講習を受けなおさねばならないし、決してゴールド免許ももらえない(免許歴と違い、運転経歴はゼロにはならないが、ゴールド免許とは関係ない)。

例えば6月下旬から9月にでも生まれていれば、夏休み帰省の時期を更新時期に合わせることが出来、失効再交付ではなく普通の更新が可能だった。今頃はゴールド免許ももらえ、5年に1回の更新、講習も短時間の優良運転者講習で済んだはずだ。現行制度ではどうしようもないことだが、誕生月が異なるだけでこうも違うものか。日本でも、年末年始生まれの人の中には、(休日や繁忙期のため)更新可能な日数が少ないため不公平感を感じている人がいるとどこかで読んだことがあるが、わたしも毎回損した気分になってしまう。

R
↑初回講習は120分……

*
2013年現在、アイスランド、アイルランド、イギリス、イタリア、オーストリア、オーストラリア、オランダ、カナダ、韓国、ギリシャ、スイス、スウェーデン、スペイン、 チェコ、デンマーク、ドイツ、ニュージーランド、ノルウェー、フィンランド、フランス、ベルギー、ポルトガル、ルクセンブルク、台湾

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

↑ランキングに参加しています。バナークリックをお願いします。

2013年7月21日 (日)

在外選挙人の国内投票

海外在住の日本人も国政選挙において投票が可能になっていることはよく知られている。前回衆院選は郵便によって投票を行ったが、今回はたまたま一時帰国の時期と重なったため、日本国内で投票を行った。在外選挙人の国内投票というのはなんだか矛盾しているような、ちょっとややこしい話だが、在外選挙人証を指定の投票所に持って行けばいいだけなので、投票自体は前回行った郵送投票などよりよほどスムーズに行える。

在外選挙人は、日本に住民票がないので、基本的に最後に住民票のあった自治体の選挙管理委員会の在外選挙人名簿に登録される(1994430日以前に日本を出国した人や、日本に住民票を置いたことがない人は本籍地になる)。だから、日本出国以降に家族が転居した私のような場合、一時帰国先の住所が家族のものであっても、そことは別の自治体で投票しなければならない。うちの場合は隣町への転居なので、車でちょっと行って投票できたのだが、最終居住地が縁もゆかりもない遠隔地になっている人などは、一時帰国中に不在者投票の手続きをせざるを得ないだろう。

在外選挙の国内投票で注意すべき点は、最終居住地の住所に割り当てられた投票所で投票できるとは限らないことだ。最終居住地の最寄りの投票所に、在外選挙人名簿が置かれているとは限らないからだ。今回はあらかじめ役場に連絡して場所を確認しておいたので問題はなかったが、2009年の衆院選では、思ってもみなかった投票所に足を運ばなければならなかった。


Csc_1237

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

↑ランキングに参加しています。バナークリックをお願いします。

2013年7月10日 (水)

一時帰国

11日より一時帰国します。1年半ぶりの日本です。今回は生後9カ月の娘の長距離線初搭乗、ちょっと心配もありますが、まあ何とかなるだろうと気楽に構えています。

実家へ帰ってもやらなければならないことは山積みなので、思う存分夏休みというわけにはいかないのですが、できるだけ満喫してこようと思います。

できるだけブログの更新は継続するつもりですが、引き続き更新頻度は低いままになると思います。

特にブログ村海外生活のポルトガル情報カテゴリからおいでいただいている方には大変もうしわけないのですが、ブログタイトルとは裏腹に日本のことも書くことになるかと思います。ポルトガル関連情報も発信したいと思いますが、ポルトガル生活者ならではの、現地の空気を反映したエントリーや速報性のある記事よりも、もっと一般的な情報になるかとおもいます。

今後ともどうぞよろしくお願いします。


にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

↑ランキングに参加しています。バナークリックをお願いします。

2013年7月 6日 (土)

連立維持に関する首相会見

Coelho

ポルトガル時間19時30分、ようやく首相本人の口から、ポルトガル国民へ連立維持への合意内容が語られた。もう一人の当事者であるポルタシュ国民党党首は首相の傍らに立っていたものの、一言も話すことはなかった。内容に関して、これまで漏れ伝わってきたことと大きく矛盾することはない。まだ大統領による承認手続きがあるが、連立の維持を強く望んでいる大統領の立場を鑑みるに、大きな変更はないと考えられる。

特筆すべきこととして、以下の事項があげられよう。

1. ポルタシュ氏の副首相就任はすでに明らかにされていたが、具体的に経済政策、トロイカとの交渉ならびに国家改革に関して権限を行使し、責任を負うことになり、名実ともに政権のナンバー2になる。
2.内閣改造は行われるが、首相の口からその詳細が語られることはなかった。外相辞任の引き金となったアルブケルケ財務相の人選には変更がないが、1によりポルタシュが経済政策にも大きな権限を持つので文句はないのだろう。
3.2党は欧州議会選挙でも共同の公約を掲げ、統一会派として選挙に臨む。

これまでの苛烈な緊縮財政の修正を主張しているポルタシュ氏に少なからぬ権限が与えられたわけだが、「キスの政治家」よろしくパフォーマンスに終わるのか。それとも今回職を賭してまでやろうとした試みを少しでも結実させるのだろうか。

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

↑ランキングに参加しています。バナークリックをお願いします。

パッソス・コエリョ、コエーリョ、パウロ・ポルタス、中央党、民衆党、アルブケルク

連立維持交渉

先日の内容と重複するが、クエリュ首相とポルタシュ国民党(CDS-PP)党首との間で、昨日は未定だった細部の交渉の内容が小出しに出てきている。

今のところ、大まかには昨日報道されていた内容と変わらないが、大きく異なる点は、ポルタシュ党首は副首相として内閣にとどまるが、彼が兼任するとされていた経済大臣には、同じく国民党のアントニウ・ピレシュ・デ・リマが就任することになったとされていることだ。

前日のテレビインタビューでリマ氏は、「(自分が大臣になるというのは)一人の人間が家族を持ちながら聖職者の道を歩むようなものだ」と自身の入閣を否定していた。持って回った言い方だが、キリスト教勢力の影響が大きい国民党の議員らしい比喩だ。日本の誰かさんならさしずめ「二万パーセントない」とでも言ったところか。

いずれにせよ、国民党の影響力が増すことになり、首相率いる社民党は政策面での譲歩を迫られよう。

アントニオ・ピルシュ・ドゥ・リマ、ピリシュ・ディ・リマ、パウロ・ポルタス、パッソス・コエリョ、コエーリョ、民主社会中道党、中央党、民衆党

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

↑ランキングに参加しています。バナークリックをお願いします。

2013年7月 4日 (木)

連立破綻は回避?

Portas_coelho

先日、ヴィトル・ガシュパル財務相に続き、国民党(CDS/PP)党首でもあるパウル・ポルタシュが辞表を提出し、クエリュ連立政権の存続そのものが危ぶまれている件について書いた
まだすべてのことが確定したわけではないが、昨日の深夜、また今日、首相とポルタシュは通算3度の会談を行い、どうやら一定の合意に達し、連立の破綻は避けられたようだ。首相は大統領とも面会し、その旨を告げている。
現在伝えられているところによると、ポルタシュは外相から副首相*兼経済相へとスイッチ、辞表を用意していた国民党の閣僚は留任。経済・雇用関連がポルタシュ直轄の事案となり、首相は政策に関しても国民党への少なからぬ譲歩を余儀なくされそうだ。


*この職が置かれることは滅多にない。つまり実務上必要不可欠なポストではないのだが、経済相という、財務相や外務相に比べると軽量級のポストを新たにあてがうことになるので、連立内閣におけるポルタシュ国民党党首の責任と重要性を内外に示す必要があると考えてのことだと思う。

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

↑ランキングに参加しています。バナークリックをお願いします。

パッソス・コエリョ、コエーリョ、パウロ・ポルタス、中央党、民衆党、ヴィトル・ガスパル、ヴィトール・ガスパール

2013年7月 3日 (水)

重要閣僚次々と辞任(ガスパール財務相・ポルタス外相)

クエリュ内閣のナンバー2、ヴィトル・ガシュパル財務大臣が辞任を表明したのが今月1日。内外に驚きの声が上がる中、繰り上げでナンバー2になったパウル・ポルタシュ外務大臣も辞表を提出。相次ぐ超重要閣僚の辞任とそれがもたらす政治の不安定化は日本を含め世界じゅうでニュースになっている。クエリュ政権の不安定化は国債の金利急上昇という形でさっそく経済に反映している。ポルトガル発にしては比較的大きなニュースであり、その経過については報道で知ることができると思うので、比較的語られにくいところを書いてみようと思う。

ヴィトル・ガシュパル

この人はとにかく国会答弁や演説の語り口がロボットのように淡々と、抑揚がなく、あらゆる場でほとんど感情の動きを見せることがない人だった。眠りを誘う彼の語り口はいろいろなところでネタにされているが、それは表面的な特徴にとどまらず、政治家として、財務大臣としての在り方と深く関わっていると思う。

在任中彼はとにかく(トロイカによって)決められた財政目標を達成するための機械でしかないように見えた。人気のない政策を遂行するにあたり、この「動じなさ」は大きな武器でもあったろう。厳しい緊縮で路頭に迷う多くの国民の声が耳に入ろうと、どんな嘆きや恨みの声が聞こえようと、感傷的になって政策を再考したりはしない。その淡々とした、そして政策面では断固とした対応は、ドイツをはじめ借金の貸主たちからは大きな賞賛を浴びてきた。表明された辞任の理由(昨年以来、すでに2度辞任を打診したらしい)も、「財政目標が達成できないから」というもので(もっと厳しく緊縮したかった)、国民との板挟みに苦しんだというような理由ではない。*

パウル・ポルタシュと国民党

最近の欧州の傾向として、中道右派(ポルトガルでは社民党)と中道左派(ポルトガルでは社会党)が欧州連合や国際資本と親和性があり、左派・極左と極右が欧州統合に懐疑的な経済ナショナリズム(多くはデフォルトも辞さない強硬な主張)という姿勢を取っていることが多い。

国民党は一般的に社民党より右寄りだとされる政党だが、IMF介入が決まった際の総選挙でトロイカと政策協定を交わしており、反国際資本というわけではない。社民党と連立を組んで緊縮政策を遂行してきたことからもそれは明らかだ。また欧州極右と異なり、移民排斥など極端な排外的主張を表立って行うこともないので(ポルトガルにおけるその手の団体として国家刷新党や国民戦線という政治団体があるが、幸いにも国会進出してはいない)、国民党を極右と位置付けることはできない。

とはいえ、国民党が完全に社民党と同じかと言えば、やはりそうではない。ポルタシュは「キスの政治家」とあだ名される。これは市場で貧しい老婆にキスをするパフォーマンスをする一方、国会ではえげつない法案に賛成することを揶揄した言葉だが、今年春あたりから単なるパフォーマンスではなく、実際にいくつかの緊縮政策に公然と反旗を翻し始めた。憲法裁判所が予算に違憲判決を出した際、代替案の一つとして年金支給額削除が出されたが、ポルタシュはこれに強硬に反対した。ガシュパルの更迭の声は、野党だけではなく国民党からも上がっていたが、実際にガシュパルが辞任した後の後任―マリア・ルイシュ・アルブケルク(この人はこの人でスキャンダルを抱えていて、その点でも問題ある人選。とはいえ、今ポルトガルの、しかもクエリュ内閣の財務大臣をやりたいなんて人はいないだろう)―を見て、ガシュパルの強硬路線を変更する意図が首相にないことを悟り、ポルタシュは辞表を提出するに至ったとされている。国民党のほかの大臣たちもすでに辞表を用意している(妊娠中のアスンサン・クリシュタシュ農相も。党派とは関係なく、現職大臣の出産を楽しみにしていたのだが。)とのことで、仮に国民党の完全な連立離脱となれば、クエリュ内閣は少数内閣に転落し、事実上終わる。

解散総選挙

仮に解散総選挙が行われたとして、社会党が勝利はするだろうが、過半数を制するには至らないだろう。

社会党はトロイカと協定を交わしており、完全な反トロイカの左翼ブロックやポルトガル共産党と連立を組むことは考えにくいので、可能性がありそうな組み合わせは……

 

1.社会党+社民党の中道大連立

2.社会党+国民党の変則連立

3.是々非々の社会党少数内閣

 

1.はありそうだが、前日まで罵り合っていた人たちがスムーズに連立を組めるかが焦点。まあ昨日の敵は今日の友が政治の世界ですけどね。

2.は、政治思想では肌が合わずとも、上記のとおり経済的にはかえって社民党よりも近いところもあるので、経済が課題の中心となる局面では十分にあり得る。

3.この状況が続けばほとんど何もできずに終わるだろう。

 

短期的には、政治・経済的に不安定な状況が続くだろう。

Gaspar_2

↑辞任したガシュパル財務相。運転中に眠気覚ましにかけたラジオから彼の演説が流れ始め、生命の危機を感じることもなくなる。

Pauloportas

↑辞表を提出したポルタシュ外相。先日訪日した。


追記*彼自身によって公表された辞任理由は上記のとおりだが、たった今流れたニュースによると、スーパーで客に唾を吐きかけられたのが引き金になったらしい(原因ときっかけは峻別せねばならないが)。どんな人間でもそりゃショックだろう……。どんなに憎くてもそんなことはしちゃいけません。

にほんブログ村 海外生活ブログ ポルトガル情報へ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

↑ランキングに参加しています。バナークリックをお願いします。
ペドロ・パッソス・コエーリョ コエリョ ヴィトール・ガスパール ガスパル パウロ・ポルタス ポルタシュ 

«ドウロ川ラベロ船レースと飛び込み野郎たち